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岡山地方裁判所 平成7年(ワ)1011号 判決

原告

鈴木凉子

ほか四名

被告

中本晃

主文

一  被告は、原告鈴木凉子に対し金四三一万二九八六円、原告鈴木洋一に対し金二一五万六四九三円、原告飯坂普子に対し金二一五万六四九三円、原告鈴木泰男に対し金八六二万五九七二円、原告菅原昭子に対し金八六二万五九七二円及び右各金員に対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告が、原告鈴木涼子に対し金三〇〇万円、原告鈴木洋一に対し金一五〇万円、原告飯坂普子に対し金一五〇万円、原告鈴木泰男に対し金六〇〇万円、原告菅原昭子に対し金六〇〇万円の各担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告鈴木凉子に対し七〇九万八一〇三円、原告鈴木洋一に対し三五四万九〇五一円、原告飯坂普子に対し三五四万九〇五一円、原告菅原昭子に対し一四一九万六二〇七円、原告鈴木泰男に対し一四一九万六二〇七円及び右各金員に対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

第二事案の概要

一  本件は、自動車に衝突されて死亡した横断歩行者の相続人らが、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 日時 平成六年一一月三〇日午後七時〇七分頃

(二) 場所 岡山市厚生町二丁目二番五号先県道上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 亡鈴木綾子(死亡時七七歳、以下「綾子」という。)

(五) 事故態様 被告が加害車を運転中、歩行中の被害者と衝突した。

2  被告の責任

本件事故は、被告が加害車を運転中、前方を注視することなく進行したために生じたものであり、被告は民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて損害賠償責任を負う。

3  綾子の死亡

綾子は、本件事故により、骨盤骨折、両大腿骨骨折の傷害を負い、平成六年一二月一日死亡した。

4  相続

(一) 鈴木幹夫、原告菅原昭子及び同鈴本泰男は、綾子の法定相続人であり、その法定相続分は各三分の一である。

(二) 鈴木幹夫は、本訴提起後の平成七年一一月四日死亡し、原告鈴木凉子、同鈴木洋一及び同飯坂普子が右鈴木幹夫の法定相続分三分の一を相続した。

その結果、原告鈴木涼子が六分の一、同鈴木洋一及び同飯坂普子が各一二分の一の割合で綾子を相続した。

三  争点

1  損害額

(原告らの主張)

本件事故によつて、綾子及び原告らは次のとおりの損害を被つた。

(一) 葬儀費用 二四二万九九五五円

(永代供養料五〇万円を含む。)

(二) 逸失利益 一六一一万一四六八円

(三) 眼鏡代 二四万七二〇〇円

(四) 慰謝料 二〇〇〇万円

(五) 弁護士費用 三八〇万円

(六) 右合計 四二五八万八六二三円

2  過失相殺

(被告の主張)

本件事故は、綾子が午後七時〇七分頃薄暗い横断歩道のない幹線道路上を、左右の安全確認をすることなく漫然と横断したことにより発生したものであり、同人の安全確認義務懈怠の過失が本件事故の原因をなしているので、損害額の算定にあたつては、同人の右過失を斟酌するべきであり、同人の過失割合は四五パーセントを下らない。

(原告らの反論)

本件事故発生場所は横断禁止場所ではなく、また、現場五〇メートル以内に横断歩道がないことから、歩行者の基本過失割合は二〇パーセントであるところ、本件事故現場が住宅商店街であること、綾子が七七歳の高齢者であること及び被告に前方不注視及び制限速度違反(現場付近の制限速度が時速四〇キロメートルのところ、被告は時速五〇キロメートル以上の速度で走行)の重過失があること等を総合判断すると、過失相殺を認めるべきではない。

3  損害の慎補

(被告の主張)

被告は、綾子の治療費として、一万四八一〇円を支払済みである。損害額の算定にあたつては、原告ら主張の損害項目の外に治療費を含めて損害額を算定し、その後過失相殺をした上、右治療費を控除すべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  損害額(争点1)

1  葬儀費用 一二〇万円

綾子の葬儀費用(甲一二の1ないし31、二八)のうち、被告において賠償すべき金額は一二〇万円が相当である。

甲第二八号証には、右金額よりも多額の葬儀関係費用の記載があるが、右記載の中には、眼鏡代のように他の損害項目と二重に請求しているものもあり、また、他に、綾子の葬儀につき、一般の葬儀よりも多額の費用を要するような特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

なお、永代供養料については、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

2  逸失利益 九八三万八二二一円

(一) 証拠(甲七、一五ないし一七、三〇の1、三二、三三の3、原告菅原昭子本人)によると、綾子は本件事故当時、原告菅原昭子経営の有限会社菅原商事に勤務し、電話番や雑用を担当し、平成六年度は一年間に一六五万円の給料を得、また、国から老齢年金(年額五五万八二四八円)を得る外、不動産管理による雑収入もあつたこと、さらに、綾子が本件事故当時七七歳の健康な女性で、妹原告菅原昭子との共同生活においては家事を担当していたことが認められる。

したがつて、綾子は、本件事故に遭わなければ、その後平均余命(一一・四五年)の半分程度の五年間にわたり稼働することが可能であり、右稼働期間中平成六年賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計六五歳以上の女子労働者の平均賃金年額である二九八万八七〇〇円を下らない年収を得ることができたはずである(本件の場合、綾子の現実の収入額を基礎とするべきではない。)。

そこで、綾子が高齢の独身女性ではあるが、原告菅原昭子と同居し生計を共にしていたことを考慮して、その生活費控除率を三〇パーセント(なお、本件において、右控除率をさらに低くするべき事情を認めるに足りる証拠はない。)とし、さらに年五分の割合による中間利息の控除を新ホフマン方式により計算すると(新ホフマン係数は四・三六四三)、綾子の稼働可能期間における逸失利益は、九一三万〇五〇八円になる。

(計算式)

二九八万八七〇〇円×(一-〇・三)×四・三六四三=九一三万〇五〇八円(円未満切捨て、以下同様)

(二) 綾子は、右稼働可能期間後は、老齢年金のみが収入になるから、生活費控除率を七〇パーセントとして、前記と同様の計算方法によると、綾子の稼働可能期間後の逸失利益は、七〇万七七一三円になる。

(計算式)

五五万八二四八円×(一-〇・七)×(八・五九〇一-四・三六四三)=七〇万七七一三円

(三) 右(一)と(二)の合計額は、九八三万八二二一円になる。

3  眼鏡代 五万円

原告菅原昭子本人尋問の結果によると、綾子は、本件事故時に眼鏡を使用していたが、本件事故によつて眼鏡が破損したことが認められ、甲第一二号証の30には、右眼鏡の見積り金額としてレンズ代四万円、フレーム代二〇万円との記載がある。

しかしながら、右見積書がどのような条件のもとに作成されたものであるか明らかでないばかりか、購入時の領収書も現物もなく、その価額の具体的な立証ができない状況にあること、購入後一定期間を経過していることを併せ考えると、右見積書記載のとおりの金額をもつて綾子に生じた損害とみるのは妥当ではなく、少なくとも五万円を下らないものと認めるのが相当である。

4  慰謝料 一五〇〇万円

本件事故の態様、綾子の年齢等本件に表われた一切の事情を斟酌すると、綾子の慰謝料は一五〇〇万円が相当である。

5  治療費(争点3との関係で) 一万四八一〇円

証拠(乙一ないし三)によると、綾子は、本件事故後光生病院に搬送され、同病院で治療を受け、それに要した治療費は、一万四八一〇円であつたことが認められる。

6  1ないし5の合計額 二六一〇万三〇三一円

二  過失相殺(争点2)

1  証拠(甲一ないし一〇、被告本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、岡山市厚生町二丁目二番五号先の交通整理の行われていない県道(車道の幅員一四・七メートル、片側二車線の、歩車道の区別のあるまつすぐな幹線道路)の交差点付近である。本件事故当時(午後七時〇七分頃)は、夜間照明があつてやや明るく、被告進行方向からの前方の見通し距離は、約一〇〇メートルであり、見通しはよかつた。本件事故現場付近には横断歩道はなく、西側約一四五メートル先に横断陸橋が、東側約六五メートル先に横断歩道付信号交差点がある。本件事故当時県道を往来する車の交通量は普通であつた。

(二) 被告は、右県道を野田方面から大供方面に向けて時速約五〇キロメートルで東進していたが(制限速度は時速四〇キロメートル)、助手席の妻子の方を向いて話をするなど気をとられ、しばしの間前方を見ていなかつたために、進路前方を綾子が南から北へ向かつて徒歩で横断するのに気づくのが遅れ、自車前方約一八・四メートル先に綾子の姿を発見して急制動の措置をとつたが間に合わず、自車前部を綾子に衝突させ同人を路上に転倒させたものである。

(三) 他方、綾子は、事故当日も有限会社菅原商事へ原告菅原昭子とともに出勤して働いていたが、本件事故前午後六時三〇分頃から、会社とは県道を隔てて反対側にある蜜蜂食堂へ二人で食事に行き、食後、同原告はまだ仕事が残つていたので一足先に会社へ戻り、綾子が少し後れて蜜蜂食堂を出て会社の方へ戻ることになつた。そして、綾子は、本件事故現場の県道を南から北に向かつて徒歩で横断しようとし、ほぼ横断し終わつた所(車道北側の外側線から約一・四五メートルの地点)で、本件事故に遭つたものである。

2(一)  本件事故は、前記1(二)認定のとおり、第一次的には被告の前方注視義務違反によつて惹起されたものであり、また、被告には、制限速度違反(時速一〇キロメートル超過)の過失も認められる(被告が、原告ら主張のように、時速五〇キロメートル以上の高速で加害車を走行させていたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(二)  前記1(一)で認定した事実によると、本件事故現場は、横断歩道から少なくとも約六五メートル離れた場所であるから、道路交通法上も歩行者の横断が禁じられているわけではなく、綾子が横断歩道以外の場所を横断したこと自体を過失相殺の対象とすることはできない。

(三)  しかしながら、歩行者が、交通量の多い幹線道路の、横断歩道以外のところを夜間横断する場合、左右から走行してくる自動車のあることを予測して、横断前及び横断中も、左右の安全を十分に確認し、左方から進行してくる自動車を発見したらすぐに停止して衝突を回避するなどすべき義務があつた。にもかかわらず、綾子は、横断中、左方の安全を十分に確認せずに歩行を続けたために本件事故に遭つたのであるから、綾子にも歩行者に要求される右注意義務の違反があつたというべきである。

3  なお、被告が自動車の運転者であるのに対し、綾子が歩行者であること、同人が本件事故当時七七歳の高齢者であつたこと、被告には前記のとおり前方注視義務違反の著しい過失及び制限速度違反の過失が認められること等に照らすと、その過失割合は、綾子が一割であるのに対し、被告が九割であるとみるべきである。

4  したがつて、前記一6の損害合計額二六一〇万三〇三一円からその一割を減じると、二三四九万二七二七円になる。

三  損害の填補(争点3) 一万四八一〇円

証拠(乙二、三)によると、被告加入の自動車共済から原告に対し一万四八一〇円が既に支払われていることが認められ、右金額を控除すると、被告が原告らに対して賠償すべき金額の合計は二三四七万七九一七円になる。

四  右二三四七万七九一七円を、原告らの各相続分に応じて分割すると、次のとおりになる。

原告鈴木凉子 三九一万二九八六円

原告鈴木洋一 一九五万六四九三円

原告飯坂普子 一九五万六四九三円

原告鈴木泰男 七八二万五九七二円

原告菅原昭子 七八二万五九七二円

五  弁護士費用(争点1)

本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告鈴木凉子が四〇万円、原告鈴木洋一及び原告飯坂普子が各二〇万円、原告鈴木泰男及び原告菅原昭子が各八〇万円と認めるのが相当である。

第五結論

以上によると、原告らの請求は、原告鈴木凉子が四三一万二九八六円、原告鈴木洋一及び原告飯坂普子が各二一五万六四九三円、原告鈴木泰男及び原告菅原昭子が各八六二万五九七二円及び右各金員に対する本件事故日の翌日である平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからいずれも認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白井俊美)

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